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せんべいについての話

■せんべいのルーツは中国

せんべいについて書かれた書物で、最も古いとされるのは7世紀初頭に中国で書かれた「荊楚歳時記」とされています。
中国の南北朝時代末期の年中行事についてかかれた書で、これによると煎餅は正月七日の「人日(じんじつ:五節句の一つ。
日本では七種粥を祝う)」に宮中で作って食する伝統があり、せんべいは「薫火」と呼ばれていました。
また、唐の政治制度や職務内容などについて書かれた書で739年ごろに成立した「唐六典」にも煎餅の名は登場します。
これによると正月七日や三月三日の朝食にせんべいを加えるとあります。
これらの日は中国では穢れや邪気をはらい清める、意味を持つことから、せんべいが特別な食べ物であったことが想像できます。

■日本ではいつ頃からせんべいが語られたのでしょうか?

一部の書には弘法大師空海が日本に伝えたとの説とするものもありますが、現存する最も古い文献は737年に成立した「但馬国正税帳」 です。
ここでは「せんべい」を「いりもちひ」と読ませており、形状は判かりませんが、「枚」を単位としていることから、「薄く延ばした食べ物」で あると推測できます。

■菓子としての煎餅は室町時代以降

上記の「せんべい」は主食としての食べ物であり、「菓子」としての性格を持つようになるのは室町時代以降とされています。
1519年に著された「利休百会記」には、豊臣秀吉が出席した茶会に菓子としてせんべいが用いられたことが記されています。
ちなみに、せんべいは江戸時代末期以前には小麦粉で作られたものが主流であり、現在のような米を使ったせんべいをイメージすることはできません。
現在のうるち米を使った固焼きのせんべいは明治時代 以降にうるち米を使った「塩せんべい」が急激に流行してからポピュラーになりました。

■山形県(出羽)は昔も今もせんべいの産地

1638年に俳諧の作法書として松江重頼がまとめた「毛吹草」という書があります。
この第四巻は俳句の素材として、江戸時代初め頃の日本各地の特産品が紹介されています。
このなかでせんべいが名物として紹介されているのは「山城」、「和泉」、「武蔵」、「近江」、「加賀」、 「淡路」そして「出羽」の六つの地域です。
なかでも「出羽」の名物では紅花や庄内米などと並び「霰煎餅(あられのいりもち)」として紹介されています。

※参考文献「草加せんべい:草加市」、「老舗せんべい:サライ編集部」

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